10年ぶりのベルギーで驚いたこと

10年ぶりのヨーロッパへ

今年2月、10年ぶりにベルギーを訪れた。これほど間が空いたのには理由がある。この10年のあいだに2人の子どもの妊娠・出産があり、さらにコロナ禍で海外へ出ること自体が難しい時期が続いたのだ。

下の子の手が少し離れたこと、コロナが落ち着いて海外出張に出られる環境が戻ったこと、そして科研費が採択されたこと。いくつかの条件がようやく揃い、久しぶりの海外調査が実現したのである。

10年ぶりのベルギーは、街並みこそ懐かしいままだったが、移動と支払いのかたちがすっかり変わっていた。

切符はスマホの中に

10年前、鉄道の切符といえば紙だった。駅の窓口に並んで行き先を告げ、紙の切符を受け取る。自動券売機もあるにはあったが数が少なく、窓口を頼ることがほとんどだった。

それが今回は、予約から購入、車内の検札まで、すべてがスマホで完結した。ベルギー国鉄(SNCB)もユーロスターもアプリで切符を買い、検札ではスマホの画面を見せるだけである。窓口に並ぶ必要も、紙の切符をなくさないよう気を配る必要もない。これはたしかに楽だ。

ただし裏を返せば、スマホの電池が切れたらすべてが終わる。切符も予約情報も、すべてがスマホの中にあるからだ。おかげでモバイルバッテリーは旅の必需品になった。さらに、アプリで情報を受け取り、チケットを表示するには常にオンラインでいなければならない。現地で使えるeSIMも欠かせない。身軽になったようでいて、実は新しい「持ち物」が増えたのである。

通知は便利、でも最後は駅の案内板

ユーロスターのアプリには遅延を知らせる通知機能があり、これが非常に便利だった。……と言いたいところだが、遅延があまりに大きく、通知のほうが追いつかない場面もあった。アプリの情報だけを頼りにしていると取り残されかねず、結局は現地での確認が欠かせない。

乗り場についても同じである。アプリに届く乗り場の情報はデフォルトのまま変わらないため、当てにならない。最終的に頼りになるのは、駅の大きな発車案内板だった。

それを思い知ったのが、ブリュッセル南駅でアムステルダム行きのユーロスターを待っていたときのことだ。乗り場の変更があったのだが、ホームには案内板がない。仕方なく、停まっている列車を目視して「あれっぽいな」と狙いを定め、移動した。周りでは大勢のツーリストが右往左往している。そりゃそうだ。

しかも私は一人旅である。連れと「これで合ってるよね?」と確認し合うこともできず、頼れるのは動物的勘だけ。久しぶりにどきどきしたが、10年間眠っていた能力が目覚めた瞬間であった。

考えてみれば、東京での暮らしではこの勘を使う場面がほとんどない。とにかく便利で、「これはこうかな」と迷うことがないのだ。電車はほとんど遅れないし、何かあればすぐにアナウンスが流れる。住み慣れているせいもあるが、自分で考える必要がほとんどないのである。

ヨーロッパではそうはいかない。列車は遅れ、乗り場は変わり、情報はいつも少しずつ足りない。だからこそ、周りをよく見て、自分で判断して動くしかない。アプリがどれほど便利になっても、最後にものを言うのはこの感覚なのだと改めて思った。

国境を越えて、パリへ

今回は初めて、ブリュッセル南駅からパリ北駅へ列車で向かった。途中、ベルギーとフランスの国境を越えるあたりで、eSIMの接続先が切り替わったのか電波が少し不安定になった。チケットもすべてスマホの中にある身としては、ここでもまたドキドキである。

降り立ったパリ北駅はあまりに近代的で、度肝を抜かれた。駅の中が広すぎて、しっかり迷った。

物価もブリュッセルより高い。スターバックスのようなチェーン店は値段がほぼ変わらないが、お土産物屋などはだいたい1.2〜1.3倍ほどの値段だった。10年前はほぼベルギー国内で調査を終えていたので、「ああ、大都市だなあ」と改めて驚いたのである。

カード一枚で過ごせる街

変化は鉄道だけではない。キャッシュレス化も大きく進んでいて、滞在中の支払いはほぼカードのタッチ決済で済んだ。現金を使う場面は、ほとんどなかったと言ってよい。ただし、ヨーロッパで使用可能なカードはVisaかMasterが主で、Amexはほぼ使えない。10年前はここまでキャッシュレス化が進んでおらず、現金を使う場面がほとんどだったため、この点も驚きであった。

変わったもの、変わらないもの

10年ぶりのベルギーは、驚くほど「スマホ前提」の社会になっていた。切符も支払いもデジタルに置き換わり、旅はたしかに身軽で快適になった。その一方で、電池と通信という新しい生命線を抱えることにもなった。

それでも、遅れる列車と変わる乗り場を前にすれば、最後に頼れるのは駅の案内板と自分の勘である。便利さの裏側に、変わらないヨーロッパの鉄道の姿と、旅人としての自分の感覚を取り戻した旅であった。


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